教理省との調整結果

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2006年11月12日。教理省との最終調整結果が公表されました。

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「すべての民の御母」の祈りすべてが否定されたかのようなデマがあるようですので、現在の状況をお伝え致します。

「すべての民の御母」の祈りについて、2005年8月8日にプント司教の見解が公表された後も、教理省とプント司教の間では話し合いが続けられてきました。
そしてこの度、教理省とプント司教との間で合意がなされ、「かつてマリアであられた」の代わりに「聖母マリア」という文言を挿入することとなりました。

詳しい内容は以下をご参照下さい。

事の起こり

フィリピン司教協議会の教理担当者から、教皇庁に対して、「すべての民の御母」の祈りの1節について、疑義が提議されました。
これについて、教皇庁教理省は検討結果を、オランダ・アムステルダムのプント司教、フィリピン司教協議会、国際宣教会「マリアの家族」に伝えました。

その対応

教理省の検討結果を受けて、オランダ・アムステルダム・ハーレム教区に「すべての民の御母の祈りに関する顧問委員会」が設置されました。顧問委員会は、検討の結果、2005年8月8日にプント司教の見解として、当面の対応について発表しました。

<< 2005年8月8日のプント司教の見解 >>

ハーレム司教区紋章

すべての民の御母――かつてマリアであられた、とは?
ハーレム司教ヨゼフ・マリア・プント師の見解

現在、「すべての民の御母」の祈りの1節について懸念する議論が起きています。教理省のアマト大司教によって表明された懸念が発端でした。それはこの祈りの「ある特別な側面」に関するもので、それはつまり「かつてマリアであられた」という1節のことです。この懸念は、ハーレム司教プント師だけではなく、フィリピンのある司教たち及び、信仰共同体「マリアの家族」にも伝えられました。

聖省の懸念している点は、今に始まったことではありません。最初は60年前に最初にこの祈りを扱った現地の司教フイバース師で、彼はこの箇所の理解に苦しみました。当初彼はこの箇所を削除しようと思いました。しかし後に思い直してこれを受け入れ、「教会認可」(Imprimatur)を与えました。今日に至るまで、この祈りは全世界で約70名の司教や枢機卿により同様の認可を受けています。これは、この祈りが教会内で教えられるのになんの問題もないということを示しています。1996年、聖省の長官はこの祈りを公的に広めてよいと承認しました。2002年には、現地の司教は、この祈りの本質がご出現の真実性を表すものだと理解したのです。

当然のことながら、司教は聖省と連絡をとり、この問題についての意見を述べました。その一方、司教は聖省の司牧的懸念に敬意を払い、追って通達のあるまで、公的な場所ではこの箇所を省くか黙って祈るようにと祈る人びとに求めています。司教は、これが多くの人びとにとって、(祈るべきだという)信念と(聖省に対する)従順の間で心が揺れる問題だろうことを理解しています。ですが、幻視者自身が示した例を参考にして欲しいと思います。かつて彼女は同じようなジレンマを経験し、その際、「御母」から次のように言われました――『まず従いなさい』。もちろんこの従順は、前進を阻んだり、この問題について公に話し合うことを禁止したりするものではないと司教は述べています。また、「主イエス・キリスト、御父の御子」にこの傷ついた世界に「今」聖霊を送ってくださるように求めるこの祈りが、とても本当に重要であることはまったく変わりありません。

以上のように、司教は明るい側面も認めています。この議論を通して、より理解が深まることでしょう。聖母の被昇天の教義が宣言された後に与えられたこの祈りの箇所には、根本的な問題が隠れているのです。御父の救いの計画においてマリアとは本当はどのようなものなのか? 聖霊降臨におけるマリアの役割とはなんなのか? この時この世界にとってマリアとはどのような方なのか? 2002年、教皇ヨハネ・パウロ2世は神学者たちにこの問題に取り組むようはっきりと励まされています。

オランダ・アムステルダム・ハーレム教区
すべての民の御母の祈りに関する顧問委員会調停官
R.ソフナー
2005年8月8日

教理省との合意

教理省とプント司教が話し合いを続けた結果、このほど合意に至りました。その結果、「かつてマリアであられた」の代わりに「聖母マリア」という文言を挿入することとなりました。詳しくは、以下の通知をご覧下さい。(2006/12/8)

<< 2006年12月8日の教理省との合意について >>

「すべての民の御母」チャペル署名

「すべての民の御母」活動支部の責任者
協力者、友人の皆様へ

2005年7月、教理省から、すべての民の御母の祈りの一部である『かつてマリアであられた』という一文を、この言葉を理解できない人びとのことを考慮し、除いて祈るようにという依頼がありました。
この指示にすみやかに従った方がたに、ここでもう一度お礼を申し上げたいと思います。なぜなら、その従順によって、この時代にとって重要であり、時に適ったすべての民の御母の祈りが、この18ヶ月の間にも続けて普及され、信者たちの間で祈られてきたからです。

その間、教理省はハーレム-アムステルダム現司教ヨゼフ・マリア・プント師に、最終案を提示しました。それは、すべての民の御母という称号が聖母に対するものであることを明確にするために、『聖母マリア』という言葉を挿入するようにというものです。したがって、祈りは次のようになります。

主イエス・キリスト 御父の御子よ
あなたの霊を今 全地の上に遣わしてください。
すべての民が堕落、災害、戦争から守られるよう
すべての民の心に聖霊を住まわせてください。
聖母マリア、すべての民の御母が
わたしたちの執りなし手でありますように。
アーメン

皆様にこの新たな変更も受け入れ、支持してくださるよう、改めてお願いいたします。そうすることによってのみ、この力ある祈りは統一された形で世界中に普及され、翻訳され、祈られるようになるからです。そのうえさらに、この祈りには教理省(つまりは、教皇ベネディクト16世)の明確な同意が得られているのです。

皆様のすべての民の御母に対する愛、また御母がお望みになった「世界的活動」に対する熱意に心から感謝申し上げます。なぜなら、聖霊が『すべての民の心に』到来することを願い、『堕落、災害、戦争』からの保護を切実に願う御母の祈りのカードの普及は、いまだかつてないほど緊急に必要なことだからです。

アムステルダム「すべての民の御母」のチャペル 司祭ならびにシスター
ガブリエル・ハインツェルマン神父
アムステルダム
2006年11月12日

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