ファティマ2000 (2)

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国際宣教会「マリアの家族」の指導者、ポール・ニリッツァ司教とのインタビュー(『PUR‐Spezisl』誌より抜粋)

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これは、PUR‐Spezisl という雑誌のドイツ語からの訳です。
2000年5月13日に、ソダーノ枢機卿によって、ファティマ第3の秘密が公開されました。この記事はそれ以前に、ヤシンタとフランシスコの列福を記念して組まれた特集記事です。
ファティマの出来事の概略も分かりやすく紹介されていましたので、訳してみました。(訳者)


その1 その2 その3


その2 ニリッツァ司教とのインタビュー

ニリッツァ司教ポール・ニリッツァ司教
ローマ在住。国際宣教会「マリアの家族」の指導者。
ファティマの支持者としても有名。
ファティマについて教皇と、また、ファティマの幻視者シスター・ルチアと、個人的に幾度かにわたって話し合った経験を持つ。

PUR‐Spezisl 誌が、新しい世紀にとってファティマの持つ意味をインタビューした。
(以下 * は、PUR‐Spezisl 誌)

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* こんにち、ファティマのメッセージはどんな意味がありますか?
ニリッツァ司教: 教会と世界にとって特別な意味があります。教皇パウロ6世、そして現教皇ヨハネ・パウロ2世も、ポルトガルのこの巡礼地への訪問によってそのことを印象深く強調なさいました。このお2人の20世紀の教皇様がたは、共産主義の悪魔的イデオロギーにおける神の返答をファティマで見ました。
そして、ファティマは新しい世紀へのメッセージでもあります。神は、マリアの御心が私たちの胸の中で鼓動するを望んでおいでです。
神の御母は、ファティマにおいて無神論と決闘するためにおいでになりました。これは聖書的な戦いです。共産主義だけではなく、様々な形の無神論はみな神への挑戦です。
聖母と結ばれて、私たちはこの戦いに勝つでしょう。一人ひとりの心は霊的な戦場です。
「最後にわたしの汚れなき心が勝利するでしょう」と、ファティマで聖母は約束なさいました。この勝利は、新しい世紀において、私たちの目前に迫っています。

* 教皇ヨハネ・パウロ2世はファティマに対してどんな立場をとっておいでですか?
ニリッツァ司教: 現教皇様は真実の「ファティマの教皇」です。1981年5月13日、ファティマでの最初のご出現記念日であるその日に起こった暗殺未遂事件(>> 暗殺未遂事件詳細)は、それまで以上に教皇様の注意をファティマのメッセージに向けることになりました。
教皇様はまだ入院中に、暗殺未遂事件が起こった日にファティマに巡礼することを決定なさったのです。あの時、教皇様は私におっしゃいました。「世界の救済と世界の平和が実現するためには、聖母がファティマでお望みになったように、私が世界を主の御母に奉献するしかないだろう」
そして、教皇さまはこの奉献を実施なさったのです。(1984年3月25日、世界中の司教方にあらかじめ書簡を送り、教皇ヨハネ・パウロ2世はこの日にペトロ広場にてロシアと世界を聖母の汚れなき御心に奉献された)

* すべての司教が教皇様と一致してその奉献を行ったわけではありません。そのためにこの奉献は無効であったという人達がいますが……
ニリッツァ司教: ファティマの幻視者であるシスター・ルチアは私にこのように言いました。
「教皇様は彼におできになるすべてを行われました。神は満足しておいでです。奉献は有効です。東における共産主義の崩壊を私たちは経験したではありませんか」

* しかし、ただひとつの政治的システムが終わることではなく、ロシアの回心、これが実現していません。
ニリッツァ司教: そうです。たしかにこの回心は未だに実現していません。しかし、西側も回心しなければなりません。回心……これが新しい世紀にとっての、ファティマの最も重要なメッセージです。
これまではあまりにも少ない司教、聖職者、信者しか聖母の御心への完全な奉献を行なっていないのです。
最初のファティマへの巡礼の後、教皇様は私にお尋ねになりました。
「いつ、ロシアは改心するだろうか」と。
私はこのようにお答えしました。「1人の信じない人に対して1人の信者がいれば、ロシアは回心すると、かつてパードレ・ピオがおっしゃいました」と。
これがファティマのメッセージの核心です。ファティマで天使は子供たちに呼びかけました。信じることができない人、希望できない人、愛することができない人のために、祈り、希望し、信じ、愛するようにと。

* ファティマのメッセージの核心について、もう少しはっきりと説明をお願いできませんか?
ニリッツァ司教: 私が初めてシスター・ルチアに会った時、何がファティマのメッセージの本質かを尋ねました。「聖母が最初に私たちにお尋ねになったのは、私たちがすべての苦しみを受け入れ、それを霊魂の救いのために犠牲として捧げる用意があるかどうかということでした」と、彼女は答えました。
これこそが私たちの信仰の最も大きな秘密です。イエスの尊い死による救いと、人間社会において私たちが参加する救済の仕事への招き。
私たちは、使徒聖パウロが書いたように、キリストの苦難の欠けるところを補わなければならないのです。
他の人を救うために私たちが参加することが許されるということ、これこそ私たちがこの世で受け得る最大の栄誉です。

* なぜ聖母は救いの計画にとって特別な地位においでなのですか? なぜ、聖母はファティマや他の場所で、救いの計画を私たちに伝えることが許されたのですか?
ニリッツァ司教: 神はサタンの敗北をお望みですが、御自分でサタンと戦うことはなさらないのです。そのことは、神がお造りになった敬虔な創造物、マリアに委託なさいました。
忠実で謙遜な主のはしためであるナザレトの素朴な婦人が、神のようになろうとしたルシファーに勝つということは、悪魔にとってはこれ以上ない苦渋に満ちた敗北なのです。

* ファティマ巡礼者は、人びとによく、「マリアに向かうことはキリストから遠ざかることだ」と言われるようですが。
ニリッツァ司教: なんという思い違い! イエズスの御母以上にキリストを中心とした人がいるでしょうか? 教皇パウロ6世はこうおっしゃいました。「マリアこそ最高のキリスト者である!」
マリアの人びとは聖母の模範を見習おうとしています。それゆえに彼らは最高のキリスト者なのです。聖母が私たちの中心ではありません。そうではなく、マリアは私たちにキリストを示し、私たちをキリストに導く主の御母なのです。御母はおっしゃいます。「彼が言ったことをしなさい!」

* マリアのキリスト者は、こんにちのような世の中を救うために、いったいどんな武器を持っているのですか?
ニリッツァ司教: 大砲で悪魔と戦っても勝つことはできませんね。祈りと犠牲以外のどんな武器も私たちは持っていないのです。これがファティマの武装です。
「最後に私の汚れなき心が勝利します」という元気づけられるファティマでの聖母の言葉は、新しい世紀のためのメッセージです。神が負けるはずはありません。しかし、私たちは神の勝利のために、分相応に貢献しなければなりません。もし、私がキリスト者として世界の救いのために何もしなければ、大きな責任を負うことになるやも知れません。

* 私たちは新しい世紀に踏み込もうとしています。マリアの世紀になるでしょうか?
ニリッツァ司教: 今、私たちはマリアの時代(エポック)に生きています。ですから、数多くの聖母のご出現があるのです。ここにおいてファティマは重要な意味を持ちます。この教皇……この4年間の聖年、大聖年に教会を新しい世紀に導く教皇は、その紋章であるTotus Tuus(すべてあなたのもの)と共にマリアのエポックを完成し、証明なさるでしょう。

* しかし、民衆が続かないのではありませんか?
ニリッツァ司教: 民衆というのは信者です。教皇様に続かないのは信者よりもむしろ聖職者なのです。もちろん信者においても、聖母信心は10倍強くあるべきです。しかし、問題は聖職者です。真実のカトリックの信仰の生きた細胞を、私は世界中のマリア運動の中に見ます。そして、このような運動はしばしば教会内部で迫害されています。しかし、大聖年である2000年は神の年、大きな祝福の年です。私たちがファティマの精神を生きるならば、教会と世界に素晴らしい恵みを勝ち取ることができるでしょう。

* お話をありがとうございました。


その1 その2 その3


*暗殺未遂事件*
1981年5月13日、17時17分のことでした。ペトロ広場は教皇さまを一目見ようという人びとで埋め尽くされていました。人びとの間を通るために、教皇ヨハネ・パウロ2世を乗せたオープンカーがちょうどスタートしようとした時です。突然、広場に銃声の音が響きました。教皇様は何発かの銃弾を受け、その場に崩れ落ちたのです。生命の危険のある重傷でした。あまりのことに巡礼者たちは凍り付いてしまいました。すぐに教皇様は病院に運ばれ、臨終の塗油の秘跡と告解をお受けになりました。そしてその後、約5時間にも及ぶ手術が行われたのです。

長い不安な時間がすぎ、ヨハネ・パウロ2世教皇様の命は取り止められました。奇跡です! そう思ったのは教皇様ご自身だけではありませんでした。トルコ人の暗殺者アリ・アジャ は、自分の撃った弾で教皇様は死ぬはずだったことを疑っていません。ただ、奇跡によって救われたのだと彼も信じています。教皇様は、ファティマの聖母のご保護によってご自分が救われたということを、何度もお話しになっておいでです。ちょうど64年前の最初のご出現記念日の5月13日に暗殺未遂事件は起こったのです。ファティマの預言で、教皇は多く苦しむということが言われていますが、それが実現したのです。

1年後の1982年5月13日、聖母の御保護にお礼を申し上げるため、教皇様はファティマに巡礼をなさいました。
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