シスター志穂マリアの召命

シスター志穂マリア
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マリアの家族宣教会のシスター志穂マリアが、修道会の会報誌『Triumph of the Heart』(91号)でご自身の召命について寄稿しておられます。ご本人に訳していただきました。

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私の創造主、神

シスター志穂マリア(マリアの家族宣教会)著

ドイツ文学を学んでいた私は、1985年オーストリアに留学する機会を持ちました。そして、そこで「マリアの家族宣教会」の最初のシスター、ブラザーと知り合うことになりました。彼らはイエスについて話しましたが、私には関係ないことに思われました。もともと宗教には関心がなく、キリスト教に対してはむしろ批判的だったのです。
しかし、聖母マリアのこと、彼女の「はい」の言葉や神に身を捧げつくした生涯について聞かされた時、私には新しい世界が開けました。それが洗礼を受けるきっかけとなりました。
10ヶ月間修道院で暮らしを共にした後、帰国し、学業を終えました。

洗礼の後、私がキリスト教の信仰に忠実であったとは正直言えません。でも神様は忠実だったのです。
それは1993年のことでした。当時、私は姫路の大学でドイツ語の教師をしていましたが、これからどう生きていく行くのか、私の中では、まだはっきりしていませんでした。

そんなある日曜日の午後、私は当時よくしていたように、聖ファウスティナのいつくしみのイエスの御絵の前で祈っていました。いつも通りで、特別に深く祈っていたわけではありません。突然、神の現存を感じました。それが私の内部で起こったのか、外部で起こったのか言えません。とにかく神がいらっしゃったのです。その方は、私たちが信仰宣言で述べている通り、神、父、全能者、天地の創造者でした。人格を持った方で、とても若く感じました。私は完全に魅了されてしまいました。
イエス様ではありませんでした。御父で、創造主、そして私は彼の被造物でした。

その時体験したことを言葉で表すことはできません。夢では決してなく、まるで他の次元が開かれたようでした。まるで、ヴェールがほんの少し持ち上げられたよう、あるいは、私の中で3つめの目がぱちんと開かれたようでした。こんなことが起こり得ようとは、夢にも思いませんでした。すべては内的体験でした。それでも私ははっきりと三つの言葉を聞きました。「私はここにいる。私は愛そのものです。私はすべての人を愛しています」と。思わず知らず、私は「アーメン」と答えていました。

それは2、3秒のことだったかもしれませんが、その瞬間に、多くのことを理解しました。とても多くです。私は、自分を神にとても愛されている被造物と感じました。ですから、多くの魂が神の愛を拒絶し、失われていくということが、信じられない気がしました。自分の中に神だけが出入りできる場所があること、すべての人がそのような場所を持っていることがわかりました。それを霊魂と呼ぶのでしょう。

この体験の後、2、3週間私は神なる御父のことしか考えられませんでした。そしてこの体験がようやく、私に神のみ旨を行う決心を与えました。私がシスターになってヨーロッパに行ったとしても、神様が両親の面倒を見てくれると確信しました。そうでなければ、日本を去り、ヨーロッパの修道会に入ることはできていなかったでしょう。両親の反対を押し切って、人生にかかわる問題を決断することなどできなかったでしょう。

神様が私を喜ばせるために,この恵みを与えられたのではないことははっきりしていました。私は自分自身に言いました。「こんなことは一生に一度のことだ。絶対に忘れてはいけない。たとえ、この生き生きとした記憶が薄れても、一生この恵みに忠実でなければならない」と。
今、私の側からも、信頼を込めた一歩を踏み出す責任があることをはっきりと感じました。その一歩とは、私の召命に「はい」と言うこと、つまりマリアの家族宣教会へ入会でした。

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