教会とこんにちの世界にとっての「すべての民の御母」の意味

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1997年5月31日、オランダ・アムステルダムでの「第1回国際祈りの日」において行われたパウロ・マリア・ジーグル神父様(国際宣教会「マリアの家族」)の講話です。

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ちょうど今日から42年前、マリア様はここアムステルダムでこのようにおっしゃいました。「毎年、この絵のもとに各国の民が集まるように配慮して下さい。これは、マリアであり、ミリアムでもあるすべての民の母が世界に贈ることが許されている、大きな恵みなのです」(1955年5月31日)。そして、それが今日この日に実現されました。

無原罪の聖母のパリ、リュ・ド・バック(Rue du Bac)への来訪と不思議のメダイの啓示が、マリアのエポック(時代)の始まりを示しているのだとしたら、当然「すべての民の御母」の来訪は、マリアのエポックのクライマックス、そして最後を飾るものであるといえましょう。

アムステルダム――それがマリアのエポックのクライマックスと最後を飾るもの?

この言葉はあなたがたを驚かせたかもしれませんね。しかし、これが大袈裟でないということが、皆さんにも間もなく理解できることでしょう。

メッセージの真実性

教会の判断を先んじるというのではなく、メッセージの真実性について2、3お話ししましょう。メッセージが要望することを確信を持って実行する為には、そのメッセージか神から来ているということ、その預言者が神の預言者であるということが明らかでなくてはなりません。
主は私たちに熱狂的で軽薄な信仰を求めておいでになりません。――それどころか主は、偽りの預言者について警告しておられます。
しかし、そのメッセージの真実性が確定した時、私たちは感謝してメッセージに心を開き、幼な児のごとく従い、神がマリアを通してお話しになったことをすべてそのまま実行しなければなりません。

ここアムステルダムにおいては、様々な聖母のご出現の記録の中では非常に珍しいことですが、真実性の素晴らしい証拠が与えられました。ここで例を1つ掲げてみましょう。

教皇ピオ12世
教皇ピオ12世

1958年2月18日の夜から19日にかけて、聖母は幻視者に、10月の初め ――つまり8ヶ月後に、この時点では全く健康そのものでおいでだった教皇ピオ12世(Pius XII)が亡くなることをお知らせになったのでした。

「お聞きなさい。この教皇、ピオ12世は、今年の10月の初めに私たちのもとに迎えられるでしょう。共贖者、仲介者、執りなし手であるすべての民の母は、彼を永遠の喜びへと案内します」

聖母は指を1本唇にお当てになると、おっしゃいました。「あなたはこれについて誰にも話してはなりません」

そこで霊的指導司祭は、イーダがその秘密を書き記し封筒に入れて封印したものを彼のもとに保管することと、イーダの家にこのメッセージをコピーしたものを保存することを望みました。イーダは霊的指導司祭の言う通りにしました。そして本当に、10月9日にカステル・ガンドルフォにてピオ12世教皇様はお亡くなりになったのです。ムッター・イーダ(訳注:イーダ・ペアデマンは「マザー・イーダ」……と親しみをこめて呼ばれている)は、すぐさま霊的指導司祭のもとへ駆けつけ、実現したメッセージのコピーを見せました。

この衝撃的な真実の証しは、霊的指導司祭の確信をますます深めさせました。なぜなら、ある人の死の時を知る御者は、神をおいて他にはいないからです。

神が真実の証しを教皇様の生と死に関わって証明したことによって、アムステルダムのメッセージが教会と世界にとってどれほど大きな意味を持つか、容易に判断できるでしょう。

「まことの霊が来て下さるための祈り」

1945年3月25日の最初のメッセージで、――まるで、その祈りがもう既知のものであるかのように「この祈りは広められなければなりません!」と、聖母はその祈りについて言及なさいました。しかし、その祈りは、6年後、幻視者がドイツ滞在中に初めて与えられたのです。第2バチカン公会議の幻視の中で、聖母がこの祈りを書き取らせたという事実だけでもすでに、この祈りが持つ、教会と世界にとっての意義を明確に示唆しています。

聖母が話し始められる前、イーダは十字架の前に導かれ、聖母と同じ痛みを経験しました。

「私は婦人と共に十字架の前に立っていました。“わたしの後について言いなさい” と婦人がおっしゃいました。いつもは左右に開いておいでの両腕を上に掲げられ、そして手を祈りの形に組まれました。お顔はとても人に説明できないほど途方もなく神々しなりました。

お姿はますます透明に輝き、美しさを増します……。そして婦人は祈り始められました。“主イエズス・キリスト 御父の御子よ……” それをどのようにお祈りなさったか! ……私は心底から揺り動かさざれるを得ませんでした。いったいどう説明できましょう! このように人が話すのを私は未だかつて聞いたことがありませんでした。”あなたの霊を今全地の上に遣わして下さい”「今」という言葉を強調なさり、“すべての民の心に聖霊を住まわせて下さい” の部分では特別に「すべて」という言葉に特に力を込められました。そして “アーメン” と、とても美しく荘厳に唱えられました。婦人が “アーメン” とおっしゃった時、すべてが大文字で書かれて私の前に現れました」

「かつてマリアであった」という言葉に、教会当局だけではなく、初めは幻視者自身もその霊的指導者も驚き、考えざるを得ませんでした。そこで最初はその疑問のある部分を除いて祈りを印刷したのですが、聖母は次のメッセージをもって、聖母がその変更を喜んでいないことをお知らせになりました。

「かつてマリアであったすべての民の母が私たちの執りなし手でありますように! ……この部分はそのまま残さなくてはなりません」(1952年4月6日)

聖母は(すでに1951年7月2日に)次のようにはっきりと簡潔にこのように説明しておいでです。

「”かつてマリアであった” とは、大勢の人はすでにマリアをマリアとして知っているという意味です。しかし、私はこの新しい時代の幕開けに、すべての民の母となることを望んでいます。このことは、皆、理解するでしょう」

皆さんは理解しましたか? 聖寵満ちみてる乙女マリアは、初めからすべての人びとの御母だったわけではありません。しかし、恩寵によって御子の苦しみに忠実に参加したことによって、またその苦しみを通してマリアはすべての民の御母となられたのです。

なぜ、マリアがこの新しい祈りをお与えになったかは、ご自分で説明なさっています。

「この祈りは、まことの霊が世界を覆って下さるようにと与えられました」(1951年9月20日)

「この祈りがどれほど大きな価値を持つことになるか、あなたには分からないでしょう。あなたは未来に何が待っているかを知りません」(1951年4月15日)

そしてマリアは約束をして下さいました。

「この祈りによって、すべての民の母は世界を救います」(1953年5月10日)

「あなたがたはこの祈りが神の御前でどれほど力強く意義あるものかを知りません。私があなたがたの執りなし手となりたいと望んでいますので、神は母の願いを聞き入れて下さるでしょう」(1955年5月31日)

「あなたがたが何かをする時は、いつもこの祈りを唱えて下さい」(1951年12月31日)

可能ならば、私たちはこの聖母の簡単な祈りを毎日十字架の前で唱えるべきでしょう。……ゆっくりと心を込めて……そう、マリアがお望みになった通りに。

称号-新しいドグマの要約

聖母は150回以上も、マリアの深遠な使命を表現したこの新しい御名を名乗られました。
「”すべての民の婦人” とも “すべての民の母” とも、どちらで呼んでもいいのですよ」(1951年2月11日)

メッセージを注意深く読むと、この新しい称号は3つの要素をもったドグマの要約であることに気づきます。それを示す為に、聖書を開いてみましょう。

カルヴァリオ

“婦人よ、あなたの息子を見なさい”
そしてイエズスは弟子に仰せになりました。
“あなたの母を見なさい”

聖書の中でマリアは4つの箇所で婦人として呼ばれています。しかも、彼女が万物の母としての使命が問題にされている状況において……。

息子と共にヘビの頭を踏み潰した創世記の中の約束された婦人
カナの奇跡の婦人
カルヴァリオの十字架の下にたたずむ婦人
黙示録の婦人

とは、すべての民の御母のことです。なぜなら、彼女は救い主と共にすべての民族の為に苦しみを受け、すべての民族に恵みの生命を執り成し、すべての民族のために嘆願して下さるからです。

では、親愛なる友人の皆さん。マリアがここアムステルダムでお話しになった最も美しい約束を聞いて下さい。

「この称号のもとに、私は世界を救うでしょう。この称号のもとに……大災害の1つから世界を救い出すでしょう」(1952年3月20日、1953年5月10日)

つまり、このすべての民の婦人、御母という称号は、比類ない方法で、すべての民、すべての大陸、すべての種族、あらゆる宗教を信じるすべての人たちのための、世界的なマリアの使命を表現しています。――なぜなら、婦人は本当にすべての人類の母だからです。

御絵-新しいドグマの意味

すべての民の御母

マリアは御自ら聖母のご絵について細部にわたって詳述なさいました。それゆえにアムステルダムのメッセージも、聖母のご出現の歴史において比類無いものと言えましょう。

「この絵は、新しいドグマの説明であり、ドグマを絵によって表わしたものです。ですから私は自らこの肖像画を民族に与えたのです」(1952年12月8日)

事実、ここでマリアは共贖者として3重の方法で自らをお示しになっておいでです。

なぜなら、マリアは御子の十字架の下に立ち、その十字架から出た光はマリアを貫いて輝いているからです。

そして、腰にはが巻かれており、マリアはそれをこのように説明をなさっています。

「これが何を意味するのか、よくお聞きなさい。これは御子の腰布のようなものです。私は婦人として御子の十字架の前に立っています」(1951年4月15日)

また、聖母の両の手のひらにはが輝いています。人類を贖うために神なる御子が担われたご苦難を聖母は共有なさいましたが、その傷は、その時の身体的そして精神的な苦しみを現しています。婦人は改めてイーダの視線をご自分の両手に向けさせ、そうすることによってご自分をすべての恵みの仲介者としてお現しになりました。

「私の両の手をよく見つめなさい。そしてあなたが見たことを報告して下さい。手のひらからは3本の、恵み、救い、平和という光線が出ています」(1951年5月31日)

御父からの恵み、御子による救い、聖霊からの平和。

「私は私の足を地球の上にしっかりと置きました。御父と御子は、この時代に、この世界に、私を共贖者、仲介者、執りなし手としてお遣わしになることをお望みになったからです」(1951年5月31日)

「この時代は私たちの時代です」(1951年7月2日)

なぜなら、「この絵は新しいドグマの解釈、そして絵によってドグマを表現したもの」(1952年12月8日)ですので、この絵はドグマに先行しなければならないと、聖母は何度も強調されるのです。

救いをもたらすドグマ

マリアはここアムステルダムにおいて、新しいドグマを明確に願われました。他に例のないことです。他のご出現で聖母はこのようなことをお望みになったことはありません。この「共贖者、仲介者、執りなし手のマリア」は、マリアの歴史において最後で最大のドグマとなるでしょう。

今まで、たった1つのドグマの中に3つの称号を含めるというアイディアを思い付いた神学者などいなかったのではないかと、私は考えます。これは、天国の神学者であり、知恵の母でおいでのマリアだけにでき得たことです。さて、ドグマとはなんでしょう? 教皇様がドグマを荘厳に告知なさる時、それは、この真実は人間の考えたものではなく、神によって啓示されたものであるという意味です。ですから、ドグマをいきいきと信じるということは、嘘の父であるサタンとの戦いにおいて、言い尽くせぬほど力強い武器を持つということです。

すべての民の御母は厳かに、このように約束して下さいました。「この称号のもと、この祈りを通して、私は大災害の1つから世界を救うでしょう」(1953年5月10日)しかし、どのようにして聖母はそれをなさるおつもりなのでしょうか? 聖母はドグマを通して平和をもたらして下さるのです。「このドグマが、マリアの歴史における最後のドグマが宣言されたならば、すべての民の母は、平和を、真の平和を世界に贈るでしょう。諸国の民は私の祈りを教会と共に祈らなければなりません!」(1954年5月31日)

皆さん、この聖母の戴冠(ドグマの告知)がどれほどの恵みをもたらし、どれほどの影響を及ぼすかを示すことができるのは、アムステルダムのメッセージを通してだけだということがお分かりでしょうか? そして、その時が迫っているということが……。教会と世界に、新しい方法で聖霊が注がれると、聖母はお約束なさいました! しかし、マリアのドグマ1つが、いったいどうやって「新しい聖霊降臨」を引き起こすことができるのでしょう?

マリアの最大のドグマの荘厳な告知により、エルサレムの晩餐の時のように、教会はマリアを教会の真ん中に、教会の心臓に迎えることになります。使徒たちが共贖者、仲介者、執りなし手をその中心に迎えた時、何が起こったでしょう? 初代教会に聖霊の炎が舌の形で降りたのです。「そして婦人は、聖霊が降臨なさるまで使徒たちのもとに留まりました。ですから婦人は、使徒たちと全世界の民に――新たに聖霊を送る為に、彼らのもとに来ることが許されるのです」(1954年5月31日)

聖霊降臨

このマリアのドグマは扉のです。その扉を通って私たちは新しい時代へ、新しい聖霊のエポックへ入ることができるのです。このマリアの戴冠が実現されれば、サタンは永遠に滅びるのです。イーダはこのサタンの敗北を幻視によって見ました。

「私は龍が身体を丸めているのを見ました。そしてぐったりし、力尽きて倒れ落ちてしまいました。声がしました。“おまえの権力は崩壊した。おまえの力は取り去られた。おまえの高慢と自尊心は踏み潰された”(1975年2月11日)“これらはすべて実現します”」(1975年3月25日)

聖ドン・ボスコのヴィジョンを思い起こさずにはいられませんね? 聖ドン・ボスコは、教会である船が難儀な戦いの後で、操舵手としての教皇様が(教会である)船を二本の柱にしっかりとつなぐ場面を見ました。二本の柱とは、ご聖体の柱と聖母の柱です。

私たちが聞いたことは、聖母の柱に鎖をつなぐということが、ドグマを通して起こると理解してよいのではないでしょうか?

「最後に私の心が勝利を得ます!」とファティマで聖母はおっしゃいました。この聖母の勝利は、最も重要で最も偉大な聖母のドグマの告知によってのみ実現するだろうことを、私は確信しています。

希望のマリア
「In me omnis spes(すべての希望は私の中に)」
ローマのトレ・フォンターネ(Tre Fontane)トラピスト修道会は「希望のマリア」の称号のもとに聖母を賛えます。
事実、私たちの羊飼いであられる聖母に新しい時代への扉の鍵が委ねられています。

霊的戦い

“Vox Populi Maria Mediatrici” と “Vox Populi Dei” の運動に参加し、このドグマが与えらるようにと教皇様に署名をしている方々に、改めて心からお礼申し上げます。その数は今までに5大陸から信者400万人、司教470名、枢機卿44名にのぼっています。

しかし、反対する人も大勢います。親愛なる友人の皆さんはこのことをご存知でしょう。
影響力のある枢機卿や少なからぬ司教、司祭、神学者、信仰における大勢の兄弟姉妹が、人間的な見地から見てもっともな理由から、マリアの新しいドグマに賛成していないということを。彼らの確信を、私たちは愛を持って尊重しなければなりません。マリアを共贖者と呼ぶことが、神学上正しいかどうかについて、神学者や教授、マリア神学者は更に研究し、議論するでしょう。

教会と世界に、このマリアのドグマがどれほどの恩寵と力強い効果をもたらすかということを示すために、アムステルダムのメッセージが必要です。同じく、すべての民の御母の言葉を通してのみ、が迫り、神がこのドグマを今お望みであるということを説明できるのです。教皇様ができるだけ早くこの救いをもたらす真実を荘厳に告知することができるように、私たちに出来ることはすべて行いましょう。

皆さんは、このドグマの告知が実現するためには、あなたがたの署名だけではまだ充分ではないことを、ますます感じておいででしょう。マリアが「救いと平和の仕事」(1951年4月1日)、あるいは「世界活動」と名づけられた愛の計画への、あなたがたの勇気ある燃えるような熱意の協力にこそ、本来の力はあるのです。この救いと平和の活動に、あなたがたは全員参加協力することができます。なぜならこれは世界的活動であり、わけても小さな者、弱い者に支えられる活動なのですから。

祈りとすべての民の御母のご絵による世界的活動

この活動とは何でしょう? それは大変単純で誰にでも実行可能な活動です。まず、「祈りのついた小さなご絵」か「ご絵」と「祈り」をあなたがたの家庭に、友人知人の所へ、仕事先の同僚へ、または祈りのグループへ、刑務所へ、老人ホームへ、病院へと持ち込んで下さい。なぜならそういう所に苦しむ人たちがいて、そして苦しむ人たちの祈りがもっとも力あるからです。皆さんには、ご絵を受け取ってくれるような友人、知人が少なくとも100人はいらっしゃるでしょう? もちろんご絵を渡すには少しの勇気と、それにもまして聖母への愛が必要です。

聖母は幻視者を、つまり私たちをも、このように勇気づけてくださいます。

「それについての全責任は私が引き受けます」(1954年4月4日)

「恐れているのですか? 私が手伝います。あなたはご絵がまるでひとりでに広がっていく様子に気づくでしょう」(1951年4月15日)

イーダはすでに何年も前に、この活動の及ぼす影響を見ることを許されました。

「雪の一片ひとひらが世界の上に舞い落ち、やがては積もり厚い層になるように、この祈りと絵は世界中に広まるでしょう。そしてすべての民の心に染み込んでゆくでしょう」(1951年4月1日)

ムッター・イーダは教会認可を得て印刷されたご絵とメッセージを、欲しいと願った世界中の人すべてに送ることに数十年間従事して来ました。私たちは使徒たちのように、しごく単純にならなければなりません。イエズスがパンを増やした時、使徒たちがしたように、神からの贈り物を人に配るだけでよいのです。奇跡は神がなさいます。そして聖母は、彼女の子供たちの心に触れる方法をご存知です。

マリアを手助けする前に奇跡を見たいという人びとに、聖母はこうおっしゃいます。

「さあ、今……。大いなる熱意を持ってこの救済と平和の活動を始めなさい。そうすればあなたたちは奇跡を見るでしょう」(1951年4月1日)

親愛なる友人の皆さん、お分かりになったでしょうか? 聖母御自らが、なんと恩寵に満ちた道をこの最後の偉大なドグマに準備なさったことでしょう。現在の困難な霊的戦いにおいて、神がお望みになったこの世界的活動は、平和に満ちた道を準備し、ドグマへと直接導くものなのです。

すべての民の御母の使徒になるように、誰でも招かれています

親愛なる皆さん、このドグマの告知を願って教皇様に署名した400万人の信者が、修道院の中で修道者たちが、教区の信者とともに司祭が、司教区の人びとと共に司教が、すべての民の御母のご絵を崇敬し、愛を込めて聖母が下さった祈りを唱えれば、いったいどのような恩寵の炸裂が起こるか、深く考えるまでもありませんね。さあ、そのために今、働きましょう! そうすれば来年の聖霊の年には素晴らしい聖霊降臨の祝日を、ここアムステルダムでも祝うことができるでしょう。そうです。来年、1998年のすべての民の御母の祈りの日である5月31日はちょうど聖霊降臨の祝日に当たります。

ご復活祭にローマへ巡礼する時と同じような大きな喜びをもって、ここアムステルダムで聖霊降臨の祝日を祝うことができるような時が来ると、私は確信しています。

1997年5月31日 アムステルダム

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